あの穴

 1984年は春一番が吹いた次の週から次々と台風がやって来ました。彼がその頃毎日サーフィンしていたこのポイントは、台風のグランドスウェルで、アウトサイドがチューブになり、8フィートでもクローズアウトしない、お気に入りの場所でした。町からはちょっと離れていて、そこに着くまでに山道を1時間以上ドライブしなくてはならず、1本道を誤ると崖から車ごとまっ逆さまに落ちてしまいそうな行き止まりにもっていかれ、しかもUターンは絶対にできない、そんな道でした。
 そのせいか知られてはいるけれどあまり来るサーファーはおらず、6フィートを越えると仲間だけのセッションになり、時には10フィートのレフトバレルを1人だけ、なんて日もありました。アウトサイドのちょっとよじれるチューブはウルワツやパダンやパイプラインとも違う、ここだけのものでした。他のサーファーを寄せ付けなかったのは、波がハードなことや交通の便だけではなく、ポイントに入るためには、8メートルの崖からジャンプしなければならなかったからかもしれません。もちろん帰りはその崖を板を持ってよじ登らなければなりませんでした。
 そんなポイントにもやがて台風の波だけではなくバブルの波が押し寄せてきました。やっと軽自動車だけが通れた山道は舗装され、樹は切り倒され、宅地として整地されていきました。それとともにいろんな所からサーファーがやってきました。しかし、サーファーが増えるに従って、スウェルが少なくなりました。(ペルー沖の海水温が上昇するエルニューニョが始まった。)ポイントの地形も3kmほど西側の河口に投入されたテトラの影響で変わってきたような気がしました。海からの景色は森から住宅に変化しました。開発反対運動も少しはあったのですが、政治的力のないサーファーの声に耳を貸すバブル紳士はいませんでした。しかし、毎年台風シーズンの秋には必ずあのバレルが復活し、昔からのサーファーだけが楽しんでいました。

   あの穴のあたりにブルトーザーが入り始めたのは梅雨時だったと思います。あの穴を最初に見つけたのが誰だかわかりません。このポイントでサーフィンするサーファーの間で、底のない穴があるといつしか有名になっていました。入り口は30cmほどでなのですが、中は結構広そうでで、何より不思議なのは何を投げ入れてもまったく底に届いている感じがしないことでした。
 彼が最初に投げ入れたのは飲みかけのコーラの赤い缶で、耳を穴の中に集中させて底にあたる音を聞いていたのだけれでも、まったくシーンとして音自体も吸収されているようでした。彼は帰り際、昼食に買ったコンビニ弁当のゴミとそこで買った雑誌をそこに捨て、おまけに小便を穴めがけてしていったのでした。
 その穴はまもなく工事関係者に発見され、やはり有名になりました。世界中からその道(?)の専門家がこの穴を訪れ、あーでもないこでもないと議論を戦わせました。ある学者は重りをつけた紐を垂らして穴の深さを測ろうとしましたが、10000mもの長さまでいったところであきらめてしまいました。理論的にはあり得ない深さでした。そのうち、建設業者はこんな穴は危険だから埋めてしまえと、工事で出た土砂を捨て始めました。しかし捨てても捨てても穴は塞がらず、無限に廃棄物を飲み込んでいきました。やがて、大量の土砂を出した造成工事は終わりました。しかし、穴はまったく最初と同じで、いくらでもゴミを受け入れられそうでした。これには業者は大喜びでした。工事のゴミ処理代が浮いただけでは無く、他のゴミを捨てさせて大儲けができるからでした。
 やがてこの穴にはあらゆる所からあらゆるゴミが捨てられるようになりました。殺人犯は捨て場所に困った死体を、大きな工場からは処理をしなければ人の健康に重大な悪影響を与える、重金属等の混ざった汚物が、市はゴミや下水を直接流しました。しかし、何十トンものゴミを受け入れたのに関わらず、あの穴はまったく埋まってくる気配はありませんでした。そんな穴の噂を国の役人が聞きつけ、世界中で処理ができずにいるやっかいな、原子力発電所の廃棄燃料を捨てる案が国連で審議され、可決されてしまいました。もうここまできたら止まりません。一部のサーファー達に有名だった底なし穴は、世界のごみ捨て場になったのでした。その穴はしかし、それらをすべて受け入れ、飲み込んでいきました。

 10年後の春の晴天の大潮の日、彼はこのポイントに久々に立ったオーバーヘッドの波を楽しんでいました。台風がまだかなり遠くにあるのでセット間隔は長く、沖で波待ちの時間が多くありました。回りを見ると、良く知っているサーファーばかり。10年以上もこのポイントでサーフィンしているので、どんなアクションでも可能なポジションに彼はいました。
 何発か波に乗り思ったようにチューブに入り、気分良く波待ちしていると、どこからともなく(たぶん上から?)赤いコーラの缶が落ちてきました。最初は気にも留めなかったのですが、何気なく見ると、まだ中身が少し入っているようです。しばらくすると、コンビニのゴミ袋が落ちてきました。どこかで見た覚えのある雑誌とともに。そしてしばらくすると黄色い雨が....................!


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